長男に教えてもらった、お金の価値

うちの長男、らん吉はお金が大好きです。このブログでもしょっちゅう書いてきましたよねー、これ( ;∀;)。

幼児の頃は、折り紙で自作の紙幣を作り、それをお財布に大量に詰め込んではほくそ笑んでいた彼。クラスメートの女の子から何やら封筒をもらって帰ってきて、とても大事にしていたので、「これはラブレターか?」と思っていたら、中身はなんと彼女自作のお札だったこともありました( ゚д゚)。

義兄に、「誕生日に何が欲しい?」と聞かれた時、素直に「お金💰」と答えて、小銭がぎっしりつまった貯金箱をもらって大喜びしていたらん吉。

そんな息子の姿を見て、「このままいったらどんな大人になるんだろう・・・(T ^ T)」と、ぼんやりとした恐怖を感じていた私なのでした。

私が育った家は、お世辞にも裕福な家庭ではありませんでした。父は、しがない日雇い大工。お給料も高くなければ、社会的地位が高いわけでもない。危険にさらされながらの肉体的にも辛い仕事でしたが、愚痴はただの一度も聞いたことがなかったです。毎日、笑顔で仕事に行き、笑顔で仕事から戻ってきました。

ある冬休みの1日、父が軽井沢の山奥へ仕事に行くと言うので、興味半分、手伝い希望半分でついていったことがあります。軽井沢は、とても人気のある避暑地なので、夏の間は混み合いますが、冬の間は閑散としています。なので、別荘などは、観光客の迷惑にならないよう、冬の間に作るのだそうです。

気温は、日中でも氷点下。野生の猿が頭上をわたっていく森の中で、私と父は丸一日働き続けました。お昼ご飯に飲んだお茶のお茶碗を洗ってトレーの上に置くと、置いたはしから凍りついて行くという極寒の軽井沢です。そんな気温の中、父は手袋もせず(手袋なんかしていると、釘とかうまく打てないのですよね)、黙々と作業をしていました。私なんか、到着して30分で指先も足先も冷たくて痛くて、帰りたくなっていたのに、です。

そんな家に育ったからでしょう、私は、「お金」と言うものに対して、ちょっと歪んだ印象を持つようになってしまいました。

”スーツなんか着ていい車に乗っている人達は、楽して稼いでいるから悪い人だ”

”お金なんかなくたって、うちは幸せだ。”

みたいな。よくありがちなヤツですねー(*゚∀゚*)。大好きで尊敬する父を庇護したいあまり、お金というものを否定するようになっていったように思います。極寒の中、別荘を作る彼と、その別荘に夏休みにやってきてバカンスを満喫する金持ち一家。そんな対比を頭の中で作り上げて、父と自分が属する方を全力で肯定しようとしていたのだと思います。お金を持ってしまったら、父を裏切っているような気がして

そんな私から産まれた、拝金主義のらん吉。あらーーー?!ですよねー( ´Д`)y?そして、彼の守銭奴ぶりを見るにつけ、私はどうしても心を傷めずにはいられずにいました。

けれど、けれど、日頃から「子どもに親の価値観を押し付けてはいけない」と思っている私。「子どもは子ども。らん吉の人生はらん吉のもの」と、自分をぐっと抑えて、否定的なことは言わないようにはしていました。

ある日、らん吉と2人きりで車に乗っていた時、ふと思い立って彼に聞いてみました。

”あなたは、お金がとっても好きよね〜。それは、どうして??”

すると、

”だって、お金がないと食べられないんだよ。そして、ご飯を数週間も食べられなかったら死んじゃうんだよ。困るでしょ?”

何を当たり前のことを聞いてるんだ?!、という感じで彼はそう答えました。

”じゃあ、お金がいーーっぱいあって、あなたのご飯はもう大丈夫になったら、残りのお金はどうするの?”

”そしたら、ご飯がない人にあげるんだよ🎵”

”そっかー。今、あなたの周りに、ご飯が食べられなくて困ってる人はいるかな?”

”うーーん・・・・。(真剣に考えたのち)いないなぁ!よかった!”

そう言って、彼は深く考える様子もなく、別の会話に移っていきました。

こんな会話をした後に、私は、「自分とお金」について深く考え始めました。いつの間にか、お金を邪悪なもの扱いしていたこと。お金を求めること自体が醜いことだと考えていたこと。お金を持っていることが罪悪のように思えていたこと、などです。そして、これらの考え方が本当に正しいのかどうか、改めて考えてみたのです。

らん吉は、お金に対してこういった歪んだ先入観を持っていない。だからこそ、お金というものを純粋に見て、そのパワーを、命をつなぐために必要なパワーとして受け止めていたのでしょう。そうやって純粋にみたら、お金は、自分が生きていくために必要なもの、他人にとっても必要なもの、と、肯定的に考えることができるはず。お金への彼の執着は、「自分の生」であり、「他人の生」への執着だったのだ、ということに思い立った時、私ははっとしました。

父だって、お金持ちではなかったけれど、私たち一家が生きていけるように、汗水流してお金を稼いで来てくれたのではなかったか。家計にそんなに余裕があった訳ではないけれど、たまに仕事帰りに買ってきてくれたアイスクリームがどれだけ美味しく、嬉しかったことか。お金がたくさんあるってことは、そのアイスクリームをもっともっと家族に買ってあげられるということで、余ったら近所の子どもにもあげられるってことではないのか、更には、世界中に配れるってことではないのか、と。

その日から、私のお金との関係が少しずつ変わり始めたように思います。今でも「拝金主義」にはほど遠いけれど、お金を決して否定せず、お金は、自分の生をつなぎ、人生を豊かにしてくれるもの、という考えを、ほんの少しずつだけど肯定的に受け入れられるようになってきた。と思う( ^ω^ )!

今日は、ちょっと自分の生い立ちなども含めて、ちょっとセンチメンタルに書いてしまいました・・・てへへ( ̄▽ ̄;)。でも、もともとお金に対して否定的だった私が、こうして大っぴらに金活チャレンジができるようになったのも、らん吉のおかげです。これからも、らん吉と一緒に、金活頑張っていきたいと思います!はばたけ、らん吉!!


コメント

“長男に教えてもらった、お金の価値” への1件のフィードバック

  1. […] こうして、うちの「守銭奴」は、「投資家」として生まれ変わっただけでなく、母である私の歪んだ価値観をも直してくれました。今では、2人で一緒に勉強しながら、楽しく投資をしています( ´∀`)。*親子二人三脚での投資ストーリーは、別ブログでもう少し詳しく書いています。こちらからどうぞ♪ […]

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